2011年 09月 20日
大杉栄の娘たちと新発田(1) |
日本の代表的的なアナキストである大杉栄(1885-1923)は、関東大震災後のどさくさに9月16日に甘粕憲兵大尉とその部下たちに、妻の伊藤野枝とたまたま連れていた甥で6歳の橘宗一とともに虐殺されました。大杉は父の転勤に伴い新潟県新発田に幼少期を過ごし、『自叙伝』で「僕の故郷は新発田」と書いています。栄と野枝の間には、夭逝した長男のほかに4人の娘がいます。4女のルイのことは松下竜一の著『ルイズー父に貰いし名は』で詳しく書かれています。1987年8月に次女の幸子さんと三女の笑子さんが来られました。『自叙伝』で書かれている場所を一緒しました。
(1)林倭衛(しずえ)の描く「出獄の日のO氏」 長野県信濃美術館所蔵 巡回美術館でみることができます。今年は富士見高原ミュージアムと信州高山一茶ゆかりの里で展示されます。
(2)大杉栄の学んだ旧制新発田中学(現新発田高校)の校長三好愛吉像の前の左 笑子さん右 幸子さん
(3)『自叙伝』に新発田にある鬼子母神の祀られている「顕法寺」の前で
(4)『自叙伝』にある新発田大火の時の家族の集まった大銀杏の木(現在のもの)
(5)栄の父が副連隊長で勤務した旧歩兵16連隊であった現在の陸上自衛隊新発田駐屯地
(1)林倭衛(しずえ)の描く「出獄の日のO氏」 長野県信濃美術館所蔵 巡回美術館でみることができます。今年は富士見高原ミュージアムと信州高山一茶ゆかりの里で展示されます。
(2)大杉栄の学んだ旧制新発田中学(現新発田高校)の校長三好愛吉像の前の左 笑子さん右 幸子さん
(3)『自叙伝』に新発田にある鬼子母神の祀られている「顕法寺」の前で
(4)『自叙伝』にある新発田大火の時の家族の集まった大銀杏の木(現在のもの)
(5)栄の父が副連隊長で勤務した旧歩兵16連隊であった現在の陸上自衛隊新発田駐屯地
by katuheiyamalove
| 2011-09-20 00:16